いじめについて、ずっと不思議だったこと☆

こんにちは、いそべ晶子です。
わたしの小さい頃の記憶というと、楽しかったことというよりは、いじめられた記憶の方を先に思い出す。
記憶の引き出しを開けて行くと、割と早く開ける引き出しに「いじめ」が入っている、という感じかな。
あれは嫌だったなぁ、とか、いじめた人を恨む、とかいう思い出し方では既になく、淡々と「この引き出しは夏物だったな、そう言えば」みたいな思い出し方だ。
ただ、そうした体験を、親や先生などの周りの大人に相談した記憶が全くない。
実際にはどうだったのか、この話題で母に幾たびか話を振ったが、母は決まって妹の話にすり替える。または、当時の母の話とか。
あまりにもラチがあかないので、妹の話でなく、わたしの話をして欲しいと頼むと、責められているみたいだと言って逃げてしまう。
それが不思議で仕方がなかったので、会社のお母様方に質問をしてみた。
すると、いじめられていたとは言え、わたしはそれで学校を休むことはなかったので、親の目からは大丈夫なように見えるのではないか、と言われてビックリした。
母にその話をすると、わたしは学校に行けていたが、妹は保育園に行けなかったので、妹の方が手がかかっていたのだそうだ。父もわりかし細かい人だったので、母がいつも気を遣っていたのは、子どものわたしの目にもよく分かった。
要するに、小学校に入学してすぐいじめられていたわたしが、当時どのようであったか、母は他のことで手一杯で覚えていないのだった。
なんだ、覚えていないなら、そう言ってくれたらいいのに、と言うと、覚えていないが、話の都合上、何か話さなくてはと思って、妹の話をしていたらしい。
なんだか、肩透かしをくらって笑えてきて、この先、母にこの手の質問をしても仕方がないんだなとよく分かった。
長いこと奥歯に挟まっていたものが、取れた感じ。笑
テレビ番組で、このところ、イジメに関する番組を放送していたり、新聞にも記事が載っていたりして、いつも気になっていたが、過剰に反応することはなくなりそうだ。
いまの自分ができることは、一生懸命、心置きなく生き、母と一緒に遊ぶことかな。笑
感謝をこめて
douxnido いそべ晶子
ブログ